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内館牧子著『終わった人』を読んだ

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 次の水彩画教室の課題が「装丁画を描く」というものでした。対象はこの本。なんと描き上がったら実際に本書を担当された装丁家さんがいらっしゃって講評してくださるんですよ。ほんと豪勢な教室です。

 それだけに、こちらもしっかり「講評に足る」水彩画が描けるよう、がんばらなきゃいけません。

 というわけで、まずは作品世界を知ることからだと、お題の本を読むべく買ってきて読み進めていたのでした。

 ストーリーは、まだ仕事に燃え尽きていない主人公が、定年を迎えて「生前葬のようだ」と会社から送り出されるシーンではじまります。最終的な出世争いには敗れたものの、それまではずっとエリート畑。貯金も年金もたんまりとあり、老後の生活には不自由しない。
 でも、定年によって社会から「終わった人」と扱われる自分は、まだ終わっていない火をくすぶらせている。
 どこかで必要とされたい、誰かに必要とされたい。生きがいとなる仕事を求め、それが叶わぬとなれば老いらくの恋を求め、そうしてあがく先に待つ人生の終着点は...

 というお話。

 正直最初にあらすじを読んだ時は、他人事として楽しめる話だと思っていたのです。
 それが1ページ、また1ページと読み進めるうちに、「あ、これ俺だわ」とどんどん身につまされるものが。もちろん自分はこんなエリート畑でもないし、定年を迎えるような歳でもありません。でも、なぜか不思議と「俺だ」と自分を投影してしまったのです。

 恐らくは、定年によって他者とのつながりを失った主人公のあがく姿が、1人仕事によって気がつけば他者とのつながりが希薄になった自分と重なって映ったのでしょう。

 主人公には家族があり、決して1人ではありません。家庭が居場所だと思えば、そこに安住できる環境はそろっています。でも一方で、「自分という人間が、そこで渇望されているわけではない」という実感が、他に居場所を求めさせます。
 私の場合は、かれこれ10年以上1人でやってきて、それなりに仕事も上手くいって良い成果を手にしたとは思っているのですが、一方で社会とのつながりが希薄になっている自分と、それでやれてしまう環境を作ってしまったことに対するコンプレックスのようなものを抱いています。他者とのつながりという意味では、サラリーマン時代を思い返せば「楽しかった」となることの方が多く、美化された思い出だとは感じつつも、時折そうした人たちをうらやましく思うこともあります。

 この「うらやましく思う気持ち」と主人公の「居場所を求める気持ち」は、おそらく同じものだと思うのです。

 食うに困る立場ではない主人公が仕事を求めるのは、他者とのつながりの中に身を置きたいという渇望に他なりません。しかし年齢やその他の要素から、なかなかそれは上手く得ることができません。そうして彼は代替手段へと流れます。仕事を通じて人に必要としてもらえないなら、恋を通じて必要とされたい。老いらくの恋です。

 しかしそれも、浮き沈みはありこそすれ、結局は自身の男性的魅力のなさを突きつけられるに過ぎないばかり。その横で、彼の身近な人間がいとも簡単に恋をものにしていく姿がますます哀れをさそいます。

 もう、これがまたつらい。
 私なんぞは器用に女性を口説くような手管など持たず、日々「ああ、おっさんだなー、もう俺とか男性として魅力を感じてもらえることとかないんだろうなー」と枯れたしょぼくれ親父を寂しく自認するばかりの身なわけです。主人公の味わうみじめさ、その哀れは、「もし俺が同じ行動に出たとき、確実に感じることになるであろうみじめさだこれ」と震えるに十分な、そして「いたいいたいいたい」となる描写がくるわけです。

 それでも、それでも何かしら後に残る幸せな何かはきっと...と読み進めた先に何があるのかは、実際に本を読んで知って欲しいと思うんですけど、まあつかれました。

 かつては「これを試すまでは死ねない」と思い描いたものが腹の中にいくつもありました。それをひとつずつ試していくことに夢中になった時期もありました。
 思ったほどの成果が出なかったものもあり、思った以上の成果につながったものもあり、総じて悪くない落とし所に来ていると思う今、そこまで切望するほどに「試したいもの」はもう腹の中にひとつもありません。

 自分もある意味では「(試し)終わった人」なのです。

 その「終わった人」として、でも達観しきれずにいる腹の中のもやもやしたものが、コンプレックスごとまとめてえぐり出されて眼前に突きつけられるような、そんな本でした。うう、つらい。

コメント (3)

シェンムーIIIを待つ者:

とても読みたくなる感想文をありがとうございました。
というわけで、近い内に図書館で借りて読んでみます。
今、確認してみたら地元の自治体の図書館には合計7冊所蔵されている上にそんなに予約している人が居ないので
すぐに読めます。

心が痛くならないよう、お気をつけください( ´ ▽ ` )ノ

シェンムーIIIを待つ者:

今、
読み始めました。

ただ、おそらく
きたみさんのように心は痛くならないと思います。

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2018年1月12日 09:00に投稿されたエントリーのページです。

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