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恥ずかしながら私、ひな祭りの意味ってあんまり知らなくて、せーぜー「幸せなお嫁入りができますように」くらいの意味なのかなーと思ってたんですね。だって片付けるのが遅くなると婚期も遅れるとかいうし。
なので、「別に急いで嫁に行くこたねーだろー」とかムスメに対して思っちゃってる身としましては、さほど大事な行事とも思ってなかったのです。
ところが本当の意味ってぜんぜん違うのね。ムスメを守ってもらうためのものなんだ、これ。
…>(参考)「ひな祭りの豆知識」@人形処かりんとう
そりゃいかん!とあらためて真面目にお祈りしておこうと思ったら、人形たちはすでにカミさんによって片付けられた後。これ、引っ張り出してごちゃごちゃやってたら怒られんだろーなーとか思ったので、ダンボールに向かってそっと手をあわせておきました。
子どもたちが生まれて以来、やたらと縁起を担ぐようになりました。「担げるもんはなんでも担いどけ」とかいうぐらいの勢いです。
昔はそんなの全部知ったことか状態だったんですけどねぇ。
ムスコくんの頭の中では、「顔を覆って目をつむれば何も見えない=他人も自分が見えない」という式が成り立っているようです。
なんつーか子どもと遊んでると、「ああ、一生懸命考えてその結論が出たんだなぁ」というのが見て取れて、それが本当に飽きません。かわいいんだ、これがまた。
先週、ムスコくんが熱を出しまして。それも、カミさん&ムスメにどーしてもはずせない用事のあった日のことだったもんで、2日間私の方で面倒をみなきゃいけなくなったのです。
初日はまだよかったんですが、それでも夜には39度にまで熱があがり、翌日は40度を超す熱になってぐったりと笑顔も消えてしまいました。うなされて寝てるか、起きてうなされてるかのどっちかだけ。食欲なんか一切ありません。かろうじてたまにオレンジジュースを口に含んでくれる程度。
ずっと眠りが浅かったので、この日は「寝ていられるのなら、極力それを起こさない方向で」とただただ抱っこして動かないように一日を過ごしていました。お医者さんからもらってきた薬はあるのだけど、ガンとして飲んじゃくれません。特に即効性のある熱さましとかでもないので、無理矢理飲ませて泣きわめくはめになって疲れさせるよりは…と、寝ることを優先していたんですが…。
夕方近くになって、抱っこしてる首スジがあまりに熱い気がしたので、ちょっと目があいた隙に熱をはかってみたんですよ。
41.1度っておまえちょっと待てよと。
こりゃいかん、これは自然治癒には期待できんと、なんとか薬を飲ませる決意をいたしました。この際咳止めとか痰切りはどうでもいいから、とりあえず抗生物質だけはなんとか飲ませねばと。
そんなわけで抱っこしながら薬をお湯で溶き溶きして、「なんとかこれだけはな、飲んでくれ」と目の前につきだしたんです。そしたらパッと受け取ってゴクゴクゴクって飲んで、またぐてんと倒れ込んできて。
なんでそんなにこっちの気持ちをくみ取ってくれるんだろうと、健気さにちょっと泣きそうになりました。
で、この勢いなら咳止め痰切りシロップもいけんじゃね?と思って「ついでにこれも」と差し出したんです。
「ナイナーイ」とはたき落とされまして。
なんでそんなにこっちの気持ちを読み取ってくれるんですかと、今度は賢さにちょっと笑えました。いや、笑ってる場合じゃないんだけど。
ちなみにこの抗生物質がきいたのか、その夜からは見る見る熱も下がっていって、カミさんやムスメが帰ってきたあたりからはあっけらかんとしたものでした。カミさん帰ってきた途端に「パパ、ナイナーイ」とか言ってるし。トホホのホでございますよほんとにね。
先週は、木曜日明け方から家族旅行に行ってました。
夜の間に家を出て、延々高速をかっとばしてたんですけど、出がけにムスメが妙にそわそわしていたんですね。そしたら、途中のサービスエリアで「はい、パパ」と。その手には紙袋。
チョコレートだよと言われて、「あ、そーいえばバレンタインデーか」と気づきました。
毎年毎年ムスメはチョコをくれるので、今年もお約束事として「あーありがとー!うれしいなー!」と言いながら紙袋を開けたんです。
そしたらまぁ、綺麗にラッピングされた手作りチョコと、メッセージカードが出てきましてね。それがまた明らかに「一生懸命作ったんだろうなぁ」というデキで。これを渡そうと朝からそわそわしてたのかと、その様子とあいまって思わずジーンとしてしまいました。
演技じゃなくて、本当にうれしかったりして。
まさかこの年になってバレンタインでジーンとするとはなぁ…と思った親バカ日記なのでした。
ウチの娘は、しばらく前まで「お嫁には行かない」宣言をしていました。「結婚するとその人といっしょに暮らすことになるから、家を出なきゃいけないんだよ」と教えたところ、それがとても悲しいと思えたようで、「パパやママとずっといっしょに暮らすのがいい」と言っていたのです。
ところが最近、母親と行動をともにするうちに、あることに気づいたのです。「別に会いたくなったら実家に帰ればいいんだな」と。
こうして知恵のついた我が娘。「やっぱり(近所に住む)誰それくんと結婚する」と言い始めたのでありました。
…で、それが朝飯食ってる時のことだったんだけども、えらく「うれしはずかし~」って感じで照れながら言うもんで、こっちまでニヤニヤしちゃってカミさんと娘と3人で笑っちゃってたんですよ。
そしたら突然「ガー!!」と叫び声が。対面に座ってる下の息子からでした。
見ると、「ガー!!」「ガー!!」「ガー!!」と、私、カミさん、娘の3人に向けて順繰りに吠えてます。
ああ、仲間外れされちゃったみたいに感じたのかなと、「ごめんごめん、話に入りたかったの?」と聞くと力強く首を振る。どうも違うらしい。
あれ?と思ってると、またまた「ガー!!」と吠える。吠えた後、じっと固まって目に涙をためて、口を一文字に結んで泣くのを懸命にこらえてる。
あ!とピンときました。
「姉ちゃん取られちゃうと思ったの?」
そしたらコクリとうなずいて、とたんにワーンと大声で泣き出しました。
ほんのひと月ほど前、2歳になって「これなーに?」「これなーに?」攻撃がはじまった息子。そういう質問が続いた時に根気よく答えてあげると、少し間をおいて一気に話せるようになる…というのが経験上わかっていたので、何度同じことを聞かれても苦笑しながらいっこいっこ答えていたものです。
そしたら年が明けた途端に「あついからフーフーして」なんて、「から」が使えるようになってる!理由を言えるようになってるよ!! と驚かせてくれた息子くんでもありました。
しかし、まさか結婚とか感情の機微を読み取って、そんなヤキモチを妬けるまでになってるとはなぁ。
あんまりかわいかったので抱っこしてあげて、「ほら、お前の弟はかわいいなぁ」と娘に話を振りました。
そしたら、「デブデブだからかわいくない」とひと言。
不憫な不憫な息子です。
「してます」っつっても、昨日はじめてしただけですが。何年ぶりだろうなぁ、ひとり暮らしの時はしてたけど、結婚して以降は昔かみさんが寝込んだ時に一回雑炊作ったくらいだな。
…というわけで自炊ですよ。
幸いにも千葉に残った私と娘はウイルスにやられてなかったみたいで(カミさんと息子はナントカ腸炎になってたらしい)、腹痛もぜんぜんたいしたことなくおさまってくれました。んで幼稚園に迎えに行かなきゃならん時間となって、さて晩飯をどうしたものか…となるわけですが、そこで久しぶりに自炊してみることにしたのです。
岳父闘病中のドタバタで千葉に1人で残った時なんかは、ずっと一週間外食続きとかいう生活を普通にしてたんですけども、やっぱそうすっと明らかに体調がおかしくなってくるんですよね。さすが外食です。何が入ってんだかわかったもんじゃない。
まぁ、年のせいで抵抗力落ちたってのが、その根底にはあるわけですが。
で、そーしたもんを娘に食わすのはどーなんだとなりまして、毎回留守番するたびにそんな食生活させちゃいかんよなという思いもあって、「自炊すっか」となったわけであります。
あー、ナポリタンひとつ作んのに、えらく大仰な文になってるな、我ながら。
普段はカミさんに叱られてばかりの娘も、なんか特別なイベントとワクワクしたのか、飯作ってる間にお風呂を洗ってくれたりと、なんかすんごく大活躍で。
さらにはあんまり食に興味を持たない性格でもあったはずなのに、作ってる横からパクパクモシャモシャとつまみ食いまでする始末。作りすぎたはずのナポリタンが、見る見るなくなって行くのが圧巻でした。
昨日はサラダ作るのを忘れてしまったので、今日はちゃんとそのあたりまで考えたメニューにしたいと思います。メインは何にしよう。肉がいいな、肉。
この間の土日は、仕事とか雑事に追われて相手をしてやれんかったので、昨日は子どもたちを連れて動物園に行きました。罪滅ぼしという奴です。
カミさんは実家の方でちょいと用事があるもんで同行できず、実家近くの野毛山動物園へ3人でお出かけということに。
子どもたちと自分だけの3人でってのは初めてかもしんない。なんか新鮮で楽しかった。
下の子の方はキリンとシマウマが大好きで、そこの前に行くと「リンたんリンたん」「マうマ~マうマ~」と大はしゃぎ。でも、さらに輪をかけて大好きな象をひと目見ようと「つぎは(パ)オ~ンたん」という言葉に、「いや、ここはゾウたん居ないんだよ」と返されたのにはすこししょぼん。
んでもって、みんな大好きトラとライオンの檻にレッツゴー。
怖かった。なにあれ、肉食獣ってあんなに真っ正面から見たら怖いもんだっけ。
トラを見てブルブルガクガクふるえる男性陣に対して、「おねーちゃんは平気だよ~」と1人でたったか見に行く娘。誇らしげに胸を張る姿が、とても可笑しかったです。
火曜日といえば『きたみりゅうじのブルルンバイク日記』というWeb連載の更新日なわけなのですが、これが今日の更新をもってめでたく100回目を迎えることになりました。
いや、めでたい。ぱちぱちぱちぱち。
内容がいまだに大型免許取得の教習所編なのはどうなのよって問題はありますが、それはまぁ置いといて、うん。
一方で、誌面側で展開させていただいている大型バイクライフ日誌な『きたみりゅうじのCBブルルン生活』については、次回で規定回数の10回を無事迎えることとなり、めでたく最終回…となる予定です。先日「サーキット走ってきた~」と書きましたけども、それのレポートが最終回としてくる予定。
しかしサーキットですよ。Web連載をはじめた時には、まさか自分がCB1300SFを愛車とすることになり、しかもそれでMotoGPをも開催しちゃうような国際格のサーキットを走ることになるだなんて夢にも思いませんでした。もっとも、走ったといっても走行体験会に参加して千鳥走行で流してきただけですが、それでも自分にとっちゃ未体験ゾーンのスピードでコーナリングしてきたわけでして、いまだに思い出すと胸の奥底にバクバクと興奮の余韻なんかが残ってたりいたします。
楽しかった。
連載を通じて知ったのは、「バイクって色んな楽しみ方があるな」ということでした。
せっかく連載をしてるんだからと、そうした思いが、いろいろ試してみるきっかけになったのは言うまでもありません。そして、「ただ街中を流してるだけじゃ知りようがなかった色んな楽しみ方がある」なんてことを知りました。サーキットに限らずね、バイクを知るということが、こんなにも楽しさにつながっていくことだとは思いもしなかったのです。そして、そのための門戸が色んなとこに用意されてるもんなんだってことも。
そんなわけで、知れば知るほどバイク熱が高まってきちゃう今日この頃。近所には茂原ツインサーキットなんてショートサーキットがあったりもしますからねぇ。困ったもんですねぇ。
ところでそんな我が家では、息子くんのバイク熱も近頃高まりを見せております。
怖がってたはずのメットを「かぶれ」とせがむようになり、「かぶらせろ」ともせがむようになり、バイクには「またがせろ」と寄ってきて、「エンジンかけろ」とドルドル鳴る音に聞き惚れる始末。降りてくれません。なにげにバイク雑誌読んでたりするのもびっくりです。
で、そんな彼のお気に入りおもちゃが、「アブローラーという、腹筋を鍛えるコロコロ」です。よくテレビショッピングでやってたアレ。
これが奴にとっては、ちょうどハンドル然として見えるようで、「ぶ~ん、ぶぶ~ん」とか言いながらコロコロさせて遊んでます。将来が楽しみなような、そうでないような。
土曜日の東京国際フォーラム、日曜日の大阪ハービスホールでの講演を終えて、昨日無事帰宅いたしました。
ところでいつからか、ウチの家では「駅まで送り迎え」というのがけっこう普通に行われるようになってまして、この日も新幹線を降りて改札を出たあたりで家族のお出迎えにあいました。
そんでまた娘がですね、なんの影響を受けたのか知らんのですけど「ハッ…と見つけて」「ストップモーションのように駆け寄って」「相手の名前を呼びながら飛ぶようにして抱きついてくる」というのがマイブームなわけですよ。
そんなわけでこの日も、「パパ~~」と駆け寄ってくる娘を「ただいま~」と受けとめてみたりして。
正直ちょっと笑ってしまうところがありつつも、もっと正直に言えば素直にうれしかったりもするわけで。
最近は電車を降りたら、まず娘の姿を探すのがクセになってたりもいたします。
で、講演とかトークイベントの方はというと、いずれも無事に終わってほっとひと安心。特に土曜日の東京国際フォーラムの方は、「トークイベント」と銘打つだけあって、自分一人で話すいつもの講演とはガラッとおもむきが違っており、とても新鮮で自分自身楽しませていただきました。
また、あるといいなぁこういうの。
やっぱ人と絡む仕事は楽しいです。
今月は、転職百景の単行本化に関係して色んな人にお会いさせていただいてます。
社労士の先生に労務関係の法律的なところを聞いてみたり、精神科の先生にうつ病という職業病について色々聞いてみたりとか。
そんな中、今週は体験談を寄せくださったエンジニアの方々と、座談会をさせていただく機会がありました。
三者三様。個性のはっきりした、それぞれ魅力のある方たちで、話す内容も非常に興味深かったです。
それらについての詳細は、収録予定の書籍にゆずるといたしまして、それ以外のわたし自身の内面的なところで思うことが色々と。
まず、明らかに口べたになっている自分がいました。もうぜんぜん口がまわらない。論理的に、端的に、テキパキとした話し方ができなくなってる。
座談会に来てくださったエンジニアさんがテキパキ話すのを見ていると、なんかこう「かつていた自分」を見るようで、はっきりとなんだか「そうではなくなってしまった自分」を自覚せざるを得ませんでした。
普段、子どもたちと嫁さんとしか会話しなくなっちゃってるもんなぁ。
かつての自分は「切磋琢磨できる環境」を欲していて、それがために「削り合うことこそが最良」とすら思う節もあったりして、のんびりゆったり過ごすことにNGをつきつけていたような気すらします。それはビジネスマンであろうとした結果だったと思うのだけど、過剰でありすぎた気もする。
座談会のエンジニアさんが話すテキパキには、「テキパキと優しく」というニュアンスが含まれていたんですけども、そうした「バファリンの半分は優しさで出来てます」的な優しさは自分の場合含まれていませんでした。
そういう反省とか、一方で「もう戻れないなこりゃ」という思い…郷愁? みたいなもの。そうした色んな感情がないまぜになりながらの帰り道。精神科の先生に聞いた様々を考え合わせると、どう考えても自分がかつてしていた働き方というのは破滅に向かう一方で、さらにはその働き方を今も形を変えてやっちゃってる現状も、やっぱり破滅に向かう一方なんだなぁと。数多くある心当たりをひとつひとつ紐解きながら、ぐるぐるぐるぐる回る脳みその中身とじーっと向き合いながらの帰り道でした。
終電がなくなっちゃったんで、また深夜バスに乗って自宅に着いた午前1時過ぎのこと。
ふと見上げると、星が綺麗なんですよね。
街灯なんかないし、この時間だと門灯もほとんどのお宅で消えちゃってるもんだから、夜空の星がよく見える。空気が透き通っているせいか、星明かりに照らされる夜空のグラデーションも「ああ、綺麗だわ」と見とれるに足るものがあります。
で、「これが欲しかったんだよな」…と。
この星空をただ見るだけはもったいないので、今度星座の勉強をしようと思います。そうして子どもらといっしょに夜空を見ながら「あれが何座で~」とかのたまいたい。
出来なくなっていくことが増える一方で、出来ることというのもこうやって増えていく。自分というのは、極端から極端に走ってしまう性格のようなので、正しく生きるためには今があっていると思えます。
なにより、「どっちが好きか」でこっち側に来て、それに幸せを感じてる自分が今ここにいるんだから、それがすべてなんですよねきっと。
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