当サイトは移転しました。現在は https://oiio.jp にて更新を続けています。

毎月1日発売のBikeJIN。今月もフリートークを書かせていただいてます。
ツーリングシーズンなので、「メインにするほどじゃないけど、里山散歩ついでにちょっと寄ったらおもろいよ」と思う近所のマイナースポットについて書いてたり。

この原稿を書いたちょい後に、うちの愛車MOTO GUZZI V7ちゃんはセルスイッチが故障して入院中となりました。
いいシーズンなのに!毎日気持ちいい天気なのに!
はやく帰ってこないかなあ。

昼飯を食ったらそのままズルズルと引きずり込まれて離してもらえない魔窟。それがコタツ。
さすがに30℃を超す日が連日続いているので、お別れすることに決めました。
梅雨寒への備えとしてもうちょい置いとこうかとも思ったんですが、湿気でじめつく中、部屋の中央になんか湿気の固まりみたいな存在がいて、そこで打ち合わせってのもちょっとねえ...と。
そんなわけで、今日は朝からお洗濯。こたつ布団カバーを洗って、来年に備えるのであります。

人が本音を吐露している系のエッセイ本は大好きです。加えて、以前イラストレーターさんの飲み会に誘っていただいた際にカタノさんとはお会いしたことがあって、朗らかな人だなーという印象だったのでタイトルを見て思わず「え?そうなの?」と。
朗らかな人柄の中に隠された人生の闇。
うわ、めっちゃ大好物!
ってことで買っちゃいました。
読み始めてしばらくして、「原稿書き終えた後に打ち上げがしたくてせめて会話をもう少しと孤独にうちふるえる」とか、「フリーランスの友達がいなくて相談できる相手がなくさみしい」とか、全力でヘッドバンキング。超うなずきまくり。そういうのは業界外から飛び込んできて独学で1人仕事をやっちゃってる自分固有のものかと思ってましたけど、案外そうでもないんだなあ...と。
メインテーマである結婚については、自分は結婚が意味もなく早かった(24歳でした)ので、そうじゃない人生の持つ選択肢の多さであるとか、若い時分であれば同棲解消と離婚とがあまり違うようにも思えなくて、そこにある「人生の第二幕スタート」的な展開がうらやましく感じるところもあり、なんというか自分の「ないものねだり」っぷりに苦笑したりなんかも。
臆病なようで、大胆な行動に出たりする著者の性格が笑えたり、かと思えば本音の部分で少しホロリとしたりする良い本でした。
コミックエッセイ好きの方は是非。

第1セット第2セットのノリでそのまま終わってたら悔しくて仕方がなかったでしょうけども、第3セットからは錦織の良さが出てきたし、それで逆転して終わるかと思えば、ツォンガがさらに自分の良さを思い出して錦織を上回ってみせるというですね、なんか漫画のような展開で熱くて夢中になれる試合でした。
漫画といえば思い出すのは塀内夏子さんの『フィフティーン・ラブ』。日本人がグランドスラム決勝へ行くなんてのは夢だった時代に描かれたテニス漫画で、『ベイビーステップ』が登場するまでは文句なしに最高のテニス漫画でした(ベイビーステップとだと甲乙つけがたい)。
最後にね、ウインブルドンのセンターコートに日本人が立っているのを見て記者が涙ぐむってシーンがあるんですよ。「立っている」というただそれだけで感動できて涙でカメラが構えられなくなるような、その感情が読み手の側にもぐっと伝わってくるシーン。
錦織選手が出てきた時は、「いつかフロックでそういうシーンが見れるのかもしれない」と思ったもんでしたが、気がつけば漫画を越えて、もう押しも押されもせぬ優勝候補。
今回は負けてしまいましたけど、そういう存在を応援できる時代にいるってことが毎回楽しくて仕方ないです。

冬の間、まったく成長することがなくて今ひとつ面白みに欠けていた仕事場のウンベラータちゃんですが、5月に入って晴れ間が続きだしたあたりからぐんぐん成長を見せるようになりました。毎日なんかしらつぼみが開こうとしてる。
茎の先端につぼみができてですね、それがパチッと割れて、中から葉っぱが出てくるんです。その葉っぱがうにょ~んと出終わったら、その根本あたりからまたつぼみがにょきにょき出てきて、また割れて、うにょ~んと葉っぱが伸びて...の繰り返し。そうやって背丈も伸びていくようです。
葉っぱが生い茂っていく様は見ててうれしいんですけども、この「パチッと割れて葉っぱが出てくる」姿が、なんかこう、サナギを割って出てきた蝶が羽根を伸ばしてるところっぽいというか、なんかセミの羽化を見てるようだなというか、はっきり言えばちょっとキモい。
アサガオなんかで双葉が生えてくる様は可愛いのに、なんでこいつはこんなグロいんだろうなーとか思いつつ、それもちょっとクセになりつつある近頃です。

「優しかったお母さんは、私を誘拐した人でした。」というキャッチがすべてをあらわしてるといっていい、永作博美さん井上真央さん主演の映画。父親の浮気相手が、本妻との間にできた生後4ヶ月の赤ちゃんを誘拐して、我が子として育てる逃亡劇を描いたものです。
映画館で予告を見て以来、ずっと気になっていた映画でした。ただ、特異な設定と、取り返しのつかないやるせなさとで泣かせる映画かなーと思っていたのです。だから見終わったあとは、ずどーんと重い気持ちになるものかと。
ぜんぜんちがった。
美しいものがいっぱい詰まっていて、右手には子供と手をつないでいた感触がよみがえってきて、泣いているのをあやしたり、仕事を脇に置いておもてで一緒に遊んだり、たわいもない会話でケタケタと笑って過ごしたり、そうした我が子との思い出が宝物であると強く自覚できて、同時に映像からは、悲しいような、うれしいような、あたたかいような、さみしいような、あらゆる感情が揺さぶられて終盤ひたすら泣き続けてました。
悲しい映画かといえば決してそんなことはなく、といって感動するのかといえばそれでもなく。なんでしょうね。ひとことであらわすに足る感情の正体がつかめないです。なんといっても主役は誘拐犯の女。何を言い繕っても正当化できる道筋はありません。そして、逃亡劇には明るい未来も見えません。
でも。
でも、涙してしまうのです。
子が親から愛情を受ける。親は子に愛情を注ぐ。そんな、ともすれば当たり前と流してしまいがちな普通のことが当たり前になり得ないからこそ、そこにある愛情だけが、愛情を注ぐことができるという幸せのみが浮き上がってきて、感情を揺さぶるのかもしれません。
映画館で観れば良かったなーと強く思ったんですけど、見終わった後もシーンの断片を思い出しては涙が止まらなかったので、これは外で観なくて良かったと思い直したほどのドハマリよう。思わずAmazonでブルーレイ版を注文してしまいました。
レンタルしたのはDVDだったので、より綺麗な映像でリピートして、しばらく泣き続けたいと思います。

もうすっかり「撮ってきたらここにぶちこめ」が合い言葉になっている我が家のおもいでばこ。普段はぶちこむばかりで、閲覧は主にiPhoneやiPad。テレビで本体画面を見ることはあまりありません。
先日久しぶりにテレビで本体画面を見てみたら「アップデートがあるよん」というお知らせが出てました。
じゃあ更新お願いとアップデートをリモコンで指示してみたところ...。あれ?気のせいかなあ?いや気のせいじゃないよねこれ?うわ、速い!ってな感じで、本体の操作感がめっちゃキビキビに生まれ変わってびっくり。リモコンの反応速度がめちゃ速い。
いや、もともと新機種になって速くなってたんですけど、さらに速くなってる。
あと、怪しかったインターレス動画の再生も(まだちょっとコームノイズは残っているものの)普通にこなすようになり、ぶちこんどいた動画をランダムに見てみた感じ、特に問題の出るものはないような...。このへんは、具体的に60p動画60i動画取り混ぜて確認してみないと確かなことは言えないですが。
メーカーのWebサイトを見る限り、次のような修正が入っているようです。
http://buffalo.jp/download/driver/pd-100/index4.html
相変わらずの安定感だなあおもいでばこ。

うちのVAIO Zは省電力設定の選択肢に制限がかかるInstantGoをオフにして、「高パフォーマンス」設定で常用しています。これだとCPUクロックがポンポン上昇してくれるので変に性能が去勢された状態ではなく、本体のポテンシャルをフルに発揮できるので(特に絵描き作業時には)お気に入りなんですが、この状態でもACアダプタの給電をやめてバッテリ運用にすると、平常時のクロックがガクンと落ちてしまいます。
絵描き作業中にCPUクロックが1GHz台にまで絞られてしまうと、たとえクロックが作業と共に跳ね上がるとしても描き始めのラグなど好ましくない挙動が出ることがあります。
これがちょっと気になってたので、現状がどのような設定になっているのか確認する意味も含めて、下記のサイトを参考にレジストリを書き換えてみました。
『Windows 8.1で消えた詳細な電源管理項目を表示する!』@ASCII.jp
書き換えたのは下記配下の3つ。
HKEY_LOCAL_MACHINE\SYSTEM\CurrentControlSet\Control\Power\PowerSettings\54533251-82be-4824-96c1-47b60b740d00
→最小のプロセッサの状態 (893dee8e-2bef-41e0-89c6-b55d0929964c)
→最大のプロセッサの状態 (bc5038f7-23e0-4960-96da-33abaf5935ec)
→プロセッサ パフォーマンスの向上モード (be337238-0d82-4146-a960-4f3749d470c7)
Attributesキーの値をそれぞれ1から2へ変更することで、隠されていたこれらの項目が省電力設定の中に復活します。
再起動して現在の設定内容を確認したところ、最小のプロセッサの状態値がバッテリ運用の場合は5%という設定値になっていました。道理でクロックが絞られるわけです。
ここを100%にすることで、ACアダプタ接続時もバッテリ運用時も、ともに3GHz超の性能を使って作業が行えるようになりました。さすがにキビキビさくさく動作で、「おお、これこれ」と少し楽しくなっちゃったりして。前に紹介したDuet Displayもあるし、CLIP STUDIO PAINTとの組合せに限ればほんと使えるやつです。
絵作業の時はこれでフルパフォーマンス状態にして、それ以外の時はバランスに切り替えて使用するつもりです。切替自体はタスクトレイの電池マークをクリックすれば選べるので楽ちんですし。
ちなみに、「ここでパフォーマンスの設定いじれるんだったら、InstantGoをオンにしても大丈夫なんじゃないの?」と思って一瞬InstantGoをオンに戻してみたんですが...ダメでした。InstantGoオフの状態で作った省電力設定は項目として選べなくなり、InstantGoオンの状態だと最小のプロセッサの状態を指定しても設定値が無視されるようで、相変わらずガンガンCPUクロックが絞られます。
スリープ使いたいのになあ。

神戸連続児童殺傷事件。酒鬼薔薇聖斗という名前が有名なこの事件が起きた時、自分はまだ20代半ばで、想像力の足りていないガキでした。だから「酷い事件だ」とは思いながらも、遠い世界の話のようにニュースを見ていた気がします。
今自分の元には今年10歳になる息子がいて、「もし」と考えれば多少は置き換えて想像できるぐらいの脳みそが出来ました。
ちょっと考えただけでも脳みそが拒否します。はらわたが煮えくりかえる。あらためて「酷い事件だ」という思いを強くします。
その犯人が手記を出すと。ニュースでかいつまんで紹介された部分を見る限り、どうやら主役は自分自身。どこまでも自分自身。当時自己顕示欲の塊のように見えた犯人は、今もって自己顕示欲を抑えきれずに生きているんだなあと思わずにいれません。
その顕示欲を、未だに匿名性の影に隠れた向こう側から満たそうとする行為。そして、自分自身は匿名性を守りつつ、被害者の子どもたちは、平気でその実名を連呼して本文に記している様子...。
すごく頭にきました。どこまで卑怯なのかと。
自分が被害者家族だったともし考えれば、犯人に自分の子の名前を口にされるなんて、想像しただけで怖気がします。「お前が俺の子を語るな!」と錯乱状態に陥るような気すらします。
願わくばこのような本がベストセラー入りしませんように。
「俺も一発当ててやるぜ!」という言葉が、後ろ向きの暗いキチガイじみた行為と感情の発露に変質したりせず、前向きでチャレンジ精神に溢れたおバカな若者の言葉のままであり続けますように。

うちの娘は物心ついた時から絵を描くのが好きで、ずーっとずーっと描いて遊んでいたため、それなりに絵が上手だったりします。
そのせいか友達と次のような会話になったらしい。
「なんで○○ちゃんはそんなに絵が上手なの?」
「パパの遺伝かなー」
「お父さんどんな絵を描くの?見たい-」
...それで、名前をぶちこんで検索してみることになったと。
常々、「お前が絵を描くのが上手なのは遺伝とかそんなことはなくて、純粋に小さい頃から描くことが好きでずっと練習してた自分自身のたまものなんだから、自分の手柄として誇ればいいんだよ、すぐに俺より上手になっちゃうから」と言い聞かせていたのに何てことをしやがるのか。
ちなみに娘のことは、ある年齢あたりからプライバシーに配慮してなるべくブログには書かないようにしています。その気持ちを汲んで、パパさんのプライバシーにも配慮して欲しいものです。
いや、まじめに。

『八日目の蝉』がとてつもなく良すぎて、自分の中のブームが一向に終わる気配がないので、「原作者つながり」ということで『紙の月』も観てみました。ビデオレンタルに走らなくても、今じゃiTunesでポチッとレンタルできちゃう世の中。便利な時代になったもんです。Apple TV欲しいなあ。
キャッチコピーは『最も美しい横領犯』というもの。カバー写真もお札大量に持って綺麗にお化粧してるものだったので、「これはさぞかし華麗にだまし取っていく知的犯罪物にちがいない」とか思ったんですけど、そんなんじゃなかった。
さえないオバサンになっちゃった宮沢りえが、人生どうでも良くなってずさんな手口でぶっ壊していっちゃうもの。といって、「ぶっ壊す」というほど腹が据わったようにも見えず、じゃあバレないように泥縄でがんばるようにも見えず、化粧は濃くなっていくけど特に妖艶さが増していってるようにも見えず。でも (ネタバレ→) 2階の窓ガラスぶち破ってヒールのある靴で飛び降りをかまし、そのまま国外までダッシュで逃亡してみせる (←ネタバレ) というジャパンアクションクラブもびっくりな志穂美悦子ばりのアクション派なんですよ。びっくりだ。
あんまりびっくりしたのと、どう咀嚼していいものか扱いかねたので、ラストシーン後のエンディングソングには杏里さんが歌っていた懐かしの「CAT'S EYE」を脳内でオーバーラップ再生し、スクリーン上に「やがて女怪盗CAT'S EYEと呼ばれる女性の、これは前日譚である」という字幕を脳内合成することで、「ああなるほど、こんなリブート作品が出来上がってたのか」と処理して納得することにしました。
おもしろかったです。

リュックにですね、竿と仕掛けとクーラーボックス入れてですね、バイクでばびゅーんと。河川敷のダート走って「わっはっはー、この季節はやっぱりエビの素揚げと素麺とビールで黄金のトライアングルだよね!」とかわくわくしながら竿をひと振り。
ここはつい入れ食いで捕り過ぎちゃうから、それだけ気をつけようとか。
うちの家族は俺しか食べないから、まあ泥抜き中に共食いする数も考慮して10匹ほど釣ってきゃいいかなとか。
わくわくしてですね。
...わくわくと。
......わくわく...。
...仕事してりゃ良かった。

Illustrator CCのGPU支援は、CC 2014から実験的に搭載されていました。キャンバスのパンやズームがかなりなめらかに動作する、なかなかイカす機能です。ただ、自分が一番よく使うブラシによる手描き作業では、線の描画にやや遅れが出るというか描画のタイミングが少し従来と異なるようで、描き心地にしっくりこないものがあり使えずにいた機能でした。
昨日CC 2015が発表されて、このGPU支援も強化&サポート範囲が拡充されたとありました。ならばと再度デスクトップ機で試してみたところ、今度はブラシ描画もさくさく描けるし、パンやズームは相変わらず気持ちよく動く。IllustratorはCCになってから描画動作に妙なもったり感を覚えていたんですけど、それが払拭されてCS5のような気持ちよさを感じたので、これはかなり嬉しいアップデートっぽい!とちょっとテンションが上がっています。
でね、パフォーマンス軽くなったのならもしかして!とVAIO Zの方もアップデートしてみたのです。
GPU支援のサポート拡充でインテル製GPUも一部サポートってなってるし、もしかしてもしかして...と。
VAIO Zのグラフィック担当は、CPUに内蔵された「Intel Iris Graphics 6100」です。
設定画面に出ているエラーメッセージは「ドライバーを最新にして再起動しろ」なので、多分サポート範囲には入ってるっぽい。ただ、VAIO社の方でカスタマイズしているみたいで、Intelからドライバーをダウンロードしてきてもインストールできずにはじかれてしまいました。
当のVAIO社はというと、4月に無線LANまわりのアップデートがあった以降は、一切なしのつぶて...。
パンやズームのスムーズ化は、タッチパネル操作もサポートしているVAIO Zでこそ生きるところがあるので、なんとかIntel側のアップデートを小まめに本機にも反映させて欲しいものです。

先週末に空手の大会があったのです。
練習不足で体力がぜんぜんなくなってる我が身なので、出るつもりは毛頭なかったんですけど、「今回出場人数少ないから出てくんない」ということで出るはめになり、んでもって相手の蹴りをへんな風に受け止めたもんで右手の人差し指中指が死亡&薬指がけっこう痛いってな感じのひどい突き指状態になりました。
そこにズドン!と。
よりにもよって、人差し指と中指にズドン!と。
...めちゃ痛い。
なんで子どもって、ズドンズドンとカカト落とすんですかね。

先日観た映画『八日目の蝉』。今もってすっかりハマりまくりのままで、勢いあまって原作も読み終わりました。この構成の原作があの映画の構成になるのかーと考えると、あらためてあの映画すごい出来だなあと。
原作は、2人の主人公が細かくザッピングされながら進む映画と違って、前半分が誘拐犯である希和子の一人称視点。後ろ半分が誘拐された恵理菜(薫)が成人した後の一人称視点。そして両者の視点が重なりそうになって終わりへと向かいます。
ともに一人称視点なので内面の描写が細かく文字でなされており、映画ほど綺麗ではなくもう少し泥臭い心情が描かれています。そして映画より尺を取れる分、エピソードもこちらの方が多い。より現実的な問題に直面するあれこれが面白いです。
自分にとっては映画が初見でありオリジナルとなっているので、これらの話はすべて映画を補完する方向に働きました。原作としても楽しめつつ、映画本編の方も楽しさ増と、お得感倍増状態。
今年はパイクスピーク行きがなくなったのもあって、「だったらせっかくだから夢の大地北海道に行ってみようかなー」とか「前々から行こうと思ってた佐渡島一周ツーリングかなー」とか、夏のツーリング予定を色々と考えてたんですけど、こうなるとこの話の舞台となる小豆島に行くしかありません。もう小豆島に決定。小豆島しかない。
その前に訪れていたアニソンマイブーム化もすべて消し飛んで中島美嘉さんの主題歌をヘビーローテーションしまくりんぐだったりするので、夕陽を眺めながら歌の世界にひたりたいと思います。

ここんところやたらと頭を使う仕事をしています。それがまた悲しいほど進まなくて、1日のノルマを決めて取り組むんだけど、夜になってもぜんぜん終わらない。そのうち「逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい」と脳がイヤイヤモードに入っちゃって、机の前に座るも原稿進まず。したがって帰れず。したがって寝るのも遅くなりあまり睡眠時間が取れず。
という悪循環が続いてました。
脳の睡眠が足りてないなーという時は、大きな音にやたら脳が反応してビクンと萎縮したり、考えようと思っても気がつくとぼーっとしてたり、何かにつけ頭を使うのが嫌になったり、という症状があるように自分では認識していて、もう毎日その症状が出まくり。そのせいか時間もあっという間に経つばっかりで、毎日を無駄にしている感がすごく、「あーこりゃいかんなー」というドツボにはまり込んでました。
そんなわけで、もう何もかも振り切って「今日からノー残業デーとする」なんて決めちゃったりして。
理想は9時出社で5時退社。現実的には6時退社で行こう。それだと今は明るいうちに帰れちゃうな。それはすごい。家路につく時間が明るいと、「まだ今日はいっぱいある」とか思えて楽しいんですよねこれがね。
可能かどうかは別として、すっぱりはっきりそう決めた。
仕事が終わってなくても、5時になったら帰り支度。そう考えると、昼飯食った後13時の「午後の部スタート」という瞬間が、その時の気の持ちようが全然違います。だって後4時間足らずで帰れちゃうんですよ。楽勝じゃないですか。
数日をそれで過ごしてみると、不思議と仕事の進みが良くなりました。夜中までやってた時よりも明らかに進みはじめてる。
なんだかんだと切りの悪い状態の時は、「しょうがない、もうちょっと頭の中身を吐き出しきって帰るか」と決めて残業して帰るんですけども、それだって「まだ帰れない」じゃなくて「頭の中に残ってるものを吐き出しておかないと気持ち悪い」から残ってるだけであって、終わりはスッキリした気持ちで帰れてるんですよね。
そうして迎えた週末。最近にないくらい頭がスッキリしてる気がしたので、「記憶力勝負じゃ完敗、勝てないわ」とあきらめてた息子との神経衰弱勝負を久しぶりに挑んでいみたところ...3戦して2勝。しかも最後は超大差勝ち...。
1回の自分のターンで4ペア5ペアとめくっていけるんですもん。こりゃ楽しいや。
と思ってたらめっちゃキレられました。キレられても手を緩めることなくめくり続けたので、昨夜から口をきいてくれなくなっておりますが、ワタクシ的には非常に満足しております。
さあ今週も、ノー残業デーでがんばるぞ-。

女戦士で格好いいというと、エイリアンのシガニー・ウィーバーやターミネーター2のリンダ・ハミルトンあたりが浮かんでくるんですけども、この両者は「女性らしさ」を捨てることで戦士っぽい格好良さを身につけてるように思えるんです。ところが、本作の義手の女戦士フュリオサは女っぽい、色っぽい、だけど戦士っぽいという、もうなんかとにかくいい。宇宙海賊コブラ(漫画)のレディがメカメカしいくせして色っぽいのとなんか通ずるとこがあります。
映画自体は、マッドマックス2のような世紀末的廃退感ではなくて、なんつーかトンチキ。キチガイ。「ひゃっはー汚物は消毒だぜー」よりもさらに言語感覚が薄まってて、「ウキキー、ギョギョー、ドカーン、バリバリー」って感じ。もともとマッドマックス2自体、ストーリーはあってなきが如しでしたが、それに輪をかけてなきが如し(だがそれがいい)という映画です。
全編よく出来たド派手なミュージックビデオを見てる気分で、エンドロールでは音楽にノリノリでずっと体を揺すってました。映画館で見れて良かった。愛すべきおバカ映画でした。

Amazonで『酔拳』と『蛇拳』がワンセットになったブルーレイパックが安くなっていたので、ついうっかりと買ってしまいました。で、そのまましばらく眠らせていたんですけど、ここのところ時間が作れるようになったので、とりあえずDNAレベルで刷り込まれてる「元祖といえば酔拳!」に従い、そちらから再見。
いつもテレビで流れてるのを途中から見てばかりだったので、考えてみれば最初からちゃんと見るのってはじめてだ。
ジャッキーチェンのアクションものは自分の中では『スパルタンX』こそが至高と固く信じているので、まあそこはやっぱり過去の美化を再確認しながら「へ~こんなだったのか~」と懐かしさを覚えたり。テレビで放映された翌日には、ビニール袋に両手つっこんで外側に勢いよく突っ張り、「バ!バババババ!ババ!」とか拳の効果音を真似て遊んだものですよ。
さすがに『スパルタンX』『プロジェクトA
』を何度も見た後ではアクションのしょぼさが目立ってしまいますが、それでもカメラワークでごまかすことなく長回しで魅せる様は昨今のアクション映画にはない格好良さに満ちており楽しいです。
よくもまあここから蹴りをつないでいけるもんだなあとか、体の動きがよく見えるからこその驚きは、ジャッキー映画ならではですよね。

ちょうど1年前に、パイクスピークインターナショナルヒルクライムというレースの応援に行きました。海外に1人で行くのなんてはじめてで、飛行機のチケットを自力で取ったのも生まれてはじめて。当時その模様はnoteってSNSでマンガにまとめてアップしていて、どれぐらいお金になるもんかなーという実験もしたりしてました。
今年も6月下旬のレースウィークに入り、Facebookを見ていると昨年知り合った人たちがポンポン写真をアップしはじめてます。
青い空。でかいステーキ。夜明けの静寂。山頂からの眺め。
空気と臭いと熱と寒さとなんか色んな記憶がまざまざと蘇ってきて「いいなー!!」なんですよ、もうめっちゃうらやましい!特に山下カメラマンさんとは昨年ほとんど行動をともにしていたので、写真を見て「おおー」と思うと同時においてけぼり感も半端ない。
...>『山下カメラマンによるPPIHC2015アルバム』
くっそー、来年は行こう。来年はぜったい行くぞ。
この後、決勝前になると街を封鎖してファンフェスタってお祭りが行われるんですけど、多分そこらへんでうらやましさのピークが来るような気がします。ドカティガールの色っぽいお尻をいっぱい写真撮ってアップしてくれってリクエストあげとかなきゃなあ、うん。
そういえば、前回行った時には「せっかく行くんだから」とレース後にハーレーで1人旅してきたんですよね。8日間ぐらい。
それも今となっては懐かしい記憶。半泣きでカミナリ雲から逃げまくってた荒野の様子とか、GoProで走行動画いっぱい録ってあるはずなので、いい加減発掘してまとめないとなあ。

ジャッキーチェンやユンピョウ、サモハンキンポーなど、あのへんの人たちが皆『京劇』というアクロバティックな劇団用育成学校の出身で、サモハンはその中でも兄貴分にあたる。とはなんとなく知っていたのですけど、あらためて昔のことを知りたくなったので読んでみました。
京劇育成学校というのは、スパルタ式のエリート養成学校だろうなとか思ってたらぜんぜんちがう。ほぼ孤児院なんですね。口減らしの捨て子受け入れ所みたいなもので、入所時の契約内容に「折檻で死んでも文句言うな」ってのがあったりと、今では有り得ないことだらけ。「だからこそ、僕たちはこれだけの技を身につけることができた(意訳」と述懐するジャッキーの言葉も、さもありなんと納得してしまいます。
やがて学院を出て食うためにスタントの道に入り。
香港映画界に携わる身としては逆に後発にあたるブルースリーが瞬く間に一時代を築き。
その中でジャッキーにはどのような葛藤があり、食い詰め、落ちぶれ、数度目のリトライによってようやく日の目を見るに至る過程は、「あれほどの技とキャラクター性を持ったジャッキーでもここまでの苦労があったのか」と驚きでした。
当時、ジャッキーが絶頂期を迎えたあの時代。香港はアジア圏における文化の中心地だった気がします。
その中で、ブルースリーは言うまでもなく既に歴史上の偉人であり、ジャッキーもその域に入ると思う自分には、この本は当時のアジア文化を知る一助...というかもう歴史書ですよね。
これを読んだおかげで周りを固める出演者たちもその出自を知るに至り、もう1度ジャッキーの出演作を色々観かえしたくなりました。
ジャッキーといえば自分が見たいのはベニー・ユキーデとの熱き闘いに代表される格闘アクションであって、危険なスタントとかは別に興味ないんだけどなーと思ったいたんですけど、ジャッキーの身を立てていたのはむしろスタント。危険なスタントにこそ、彼が自分を信じるに足るアイデンティティが込められていると知り、その方面でも映画を観る目が少し変わりそうです。

自分は今「日本イラストレーション協会」というところに籍を置いてます。そこの総会が週末に東京であったのです。総会自体にさして興味はないものの、その後には大御所イラストレーターさんのお話を伺う機会があったり親睦会もあるというので、「正しい大人の姿としてはこういう集まりにも足繁く通わねばならぬ」そんな風に考えて東京まで出かけてきました。そろそろ正しい大人を志してダメな大人から脱却を図らねばならんと、たまに思うのです。たまに。
言うまでもなく、私はプログラマ畑から流れてきた身なので、美術というものに対する造詣は深くありません。なんだかんだと出版絡みで飯を食って10年過ぎましたけど、実のところ印刷物自体に対する造詣も、こうした仕事に対する造詣も今もって深くありません。コンペとか何?って思うし。
そうするとですね、講演の最中みんながうなずいてることごとくがわかんないんですね。
特に人名。時折名前が出る度に「おおお、そんなところにつながりが」みたいにどよめく空気が生じたりするんですけど、北斗の拳の無想転生状態よろしくこの空気がすべて私の体はすりぬけていくわけですよ。無敵モード。どんな攻撃も我が身を驚かすには至らず!みたいな。
んで、「この圧倒的なアウェイ感久しぶりだわー、なんせプログラマ出身の人とかまずこっちで会わないしー本当に美大出身の方の話とか聞くと劣等感しかないわー」と思ってたんですけど、よく考えたらプログラマ畑に就職した時も「機械系学んでたから、ファイルとかフォルダとかなんもわからんわー情報系出身の人らと話すと劣等感しかないわー」とか思ってたんでした。
冷静に振り返ると、自分の社会人生活ってアウェイでぼっちの劣等感しかない。
そしてじゃあバイククルマ業界の方に首をつっこんでみれば機械系出身だから話がわかるのかというとですね、勉強ぜんぜんしなかったからここでもやっぱりアウェイ感しかないという...。
勉強って大事。将来をちゃんと考えて進路を選ぶって大事だなーと、久しぶりに自分の愚かさが突きつけられて笑っちゃった週末でした。

日本イラストレーション協会に入るとき、既存会員の方の作例をパラパラと見て、印象に残っていたのが榎本よしたかさんでした。イラストや絵に対して好き嫌いがあるのは誰しもですが、この仕事に就いてからそれとは違うベクトルで、絵柄を見て「この人とは友人関係になれそうだ」とライン引きするような変なクセが自分には出来ています。
榎本さんの絵はそうしたアンテナにひっかかるものだったので、いつかお会いしたいなーとか思ってたんですけど、『トコノクボ』というエッセイで話題になったと思うとメインの法廷画家の方でも取り上げられだしてあれよあれよと有名作家さんの仲間入り。テレビでもお見かけするようになりました。
だから親睦会の会場でご本人を見た時には「わ、本物が歩いてる」ってなもんですよ。
もうすっかりスター。
とはいえせっかくだからせめて挨拶ぐらいはしておきたい。なので、会が落ちついてお邪魔にならんあたりでするする~と近付いてって挨拶しようかなーと思ってました。
そしたらですね、近くを通りがかったと思うと胸に貼った名札を見て「あ!きたみさん!」と。まさか向こうから声をかけてくれるとは思ってなかったのでびっくり。ツイッターで何度かやり取りさせていただいたことはあったので、それで認識してくれていたみたいです。
で、名刺交換させていただきましてですね。しばらくそのまま話相手になってもらって。
腰が低いんですよね。これだけ露出増えてたら「俺はちょっと有名人さんなんだぜ」的オーラかもしだしててもおかしくないと思うんですけど、そんな気配みじんもなし。
いつか自分がなんかまちがってテレビとかいっぱい出ちゃう有名人になったとしたら、この日のことを思い出して見習いたいなーと思いました。
親睦会では他にも、木工所の社長イラストレーターさんとか立体イラストレーターさんとか、おもしろい肩書きの人にも多数お会いすることができたので、本職のデザイナーさん含めて「どんな仕事なんですか何やるんですかどんな仕事の流れなんですかどう売り込むんですかどんなお客が理不尽なんですか」と、好奇心のおもむくままに聞きまくってきました。それで何を仕事につなげるわけでもないんですけど、自分以外の人の仕事の話ってすごく好きなんです。めっちゃ好き。その人なりの工夫とか入ってたらもう大好物。
フリーランスの集まりに行くと、こういう質問にガンガン答えてくれるのが楽しくて仕方ないです。
本当はサラリーマンの人にもガンガン答えて欲しいんだけど、あんまり答えてくれないんですよね。「しがないサラリーマンですよ」とかいって。あれつまんないんだよなあ。
※[続き物]ではじまるカテゴリは古→新、それ以外は新→古の順に記事が表示されます。